4人目「建築士・佐々木宏和」

投稿日: 2009年06月17日(水)14:37

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三重の100人」4人目は、愛知県を中心に活躍する建築士・佐々木宏和
三重県津市出身の彼は、25歳のときに単身で名古屋に出て、建築デザイン事務所にもぐりこむ。
そして5年後、二級建築士、続いて一級建築士の資格を取り、独立。
会社を立ち上げた当初こそ苦しみの連続だったというが、現在は名古屋だけでなく、横浜、伊豆、静岡、そして三重にも拠点を置き、その拠点を渡り歩く毎日。
彼が代表をつとめる株式会社アイシエー・アソシエイツの年間の建築実績は、なんと45件から50件。
スタッフ16名を率いる新鋭の建築士であり、経営者だ。




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佐々木宏和。
1966年生まれ。

三重県津市出身。
一級建築士。
株式会社アイシーエー・アソシエイツ 代表取締役
株式会社アイシーエー・ワークス 代表取締役















【三重カルテ】

Q1 生まれたところはどこですか?
A1 三重県津市です。

Q2 生年月日を教えてください。
A2 昭和41年(1966年)1月13日です。

Q3 現在はどちらにお住まいですか?
A3 自宅は名古屋にありますが、東京、横浜、伊豆、三重を行き来する移動生活です(笑)。

Q4 住まいを三重から移したのはいつですか?(またその理由は?)
A4 今から18年前、25歳のときです。それまでの私は三重でアルバイトしてフラフラと生活している、今でいうフリーターのような生活をしていました。
でもいつまでもこんな生活をしてちゃダメだ、手に職をつけなきゃダメだ、と思い立ち、そしてこれまでの自分と変えるために思い切って何も知らない場所(名古屋)へ単身で移りました。

Q5 三重県でお気に入りの場所は?
A5 「三重の100人」3人目の浅田さんと同じですが、津のマリーナです。

Q6 三重県でお気に入りのお店は?
A6 いま取材をしていただいている「カフェ・サンチェ」です。あと、なぎさまちの「リストランテ ソプラノ」も好きです。

Q7 やっぱり三重はいいなぁ・・・と思う瞬間は?
A7 三重に戻ってきて、方言を聞いたとき。「ああ、帰ってきたなー」と思います。海にも近いし、やはり風が違います。

Q8 逆に三重県に住んでいて「つらいなー」と思った瞬間は?
A8 今はインターネットもあるので大丈夫だと思いますが、昔は情報がなかった。都会よりワンステップもツーステップも遅れていた。あれはつらかった。

Q9 あなたが考える三重の自慢できることは?
A9 いまさまざまなエリアで仕事をしていますが、三重ほど海、山、川と環境に恵まれたところは少ない。あと食べ物もいい。自然と食べ物が自慢ですね。

Q10 最後に、あなたが考える「住みたい都道府県ランキング」で三重は何位?
A10 個人的には1位といいたいですが・・・さまざまな地域にお客さんがいるので(笑)。みなさんが家を建てようと思ったところが1位だということにしておいてください(笑)。





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今回、取材場所としてお借りしたのは、津市長岡町にある「カフェ・サンチェ」。
佐々木さんが個人的に気に入っているお店であり、ビジネスでもお付き合いのあるお店。
そのオープンデッキで初夏の陽射しを受けつつ、お話を聞いた。

あと、これだけは言っておかねばならない。
佐々木さんは、隊長と小学校から高校までいっしょの幼なじみ。
フォトグラファー加納とも中学校が同じであった。
非常にやりにくいインタビューなのである(笑)。

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・・・・名古屋からはじまり、昨年は横浜にもオフィスを開設、伊豆にもアトリエ、そして三重にもブランチを開設するなど快進撃をしていますが?

佐々木「確かにエリアは拡大してますが、会社を大きくしようとか、上場しようとか、そういうつもりはまったくないんですよ。
客さんから問合せがあるところ、私たちに設計をお願いしたいという要望に、ただただ応えていきたいんです。しかし引き受けていく以上は中途半端にはできないので、拠点をつくり、しっかりとその土地を知り、その土地ならではの家づくりをしていきたい。その結果がいまこうなっていると(笑)」

・・・・でも、物件数からいっても、すべてにかかわるのはむずかしいのでは?

佐々木「確かに。自分自身もいくつかの物件を担当していますが、ほとんどはスタッフが担当しています。信頼できる、まかせられるスタッフがいないとできない話です。私の一番の仕事は、そのまかせられるスタッフを育てること、そして彼らをマネージメントすること。最近の私は建築士としてでなく、経営者としての動きの方が多いと思います」

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いまや飛ぶ鳥を落とすいきおいの佐々木さん。
その出発点を聞いた。

佐々木「18年前、このままじゃいけないと名古屋に移り住んだとき、仕事のアテもありませんでした。当時は携帯もなかったので、電話ボックスに閉じこもって、タウンページをめくりつつ、片っ端から建築設計事務所に電話して、ようやくひとつの会社に拾ってもらったんです」

・・・・その頃から建築の世界でいこうと?

佐々木「父も建築の仕事でしたし、環境的に自然と・・・」

・・・・で、最初の事務所で働きつつ、建築を学んだわけですが、なぜ独立しようと?

佐々木「三重でフリーターをしてた頃(笑)、アルバイトのほとんどがサービス業だったんです。どうしたらお客さんに喜んでもらえるか満足してもらえるか、それが大切なんだと体で学んだんです。
しかし、建築の世界にはエンジニアリング・テクニックを押し付ける場面が多く、お客さんの立場にたって家をつくる・・・という基本的なことができていないことが多かったんです。極端なことを言えば、お客さんの顔も見ず、声も聞かず家をつくっている人がいた。
だからこそ、お客さんの顔を見て、しっかりと声を聞く建築事務所をつくりたかったんです」

・・・・なるほど。でもやはり会社ですから、やってみたら大変だった?

佐々木「はい、はじめて3ヶ月で資金ショートしました(笑)。それで換金率の高い建築関係のアルバイトをやってしのぎました。あの時の苦労があるから、今ギリギリまでねばれる! 最後の1分までねばれ!というのは、いまやアイシーエーの社訓みたいなものです(笑)」

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・・・・しかし、いまのアイシーエーの強さはなんでしょうか。ギリギリまでねばるという以外にも強さの秘密があると思いますが。

佐々木「先ほども言ったようにどれだけお客さんの立場にたてるか。これに尽きます。例えば私たちの商品に、坪単価をお約束ものがある。これはいかなる状況で我われが大きな損を出したとしても必ずその「約束」を守る。この信頼度がまず大きいと思っています」

・・・・デザインに対するこだわり、考える強みはありますか?

佐々木「私は家についてはとことんシンプルを追求する。私たちは家をつくる上で自己主張すべきではないんです。それはその家に暮らす人がさまざまな色をつけ、飾りをつけて、その家族なりのものに仕上げていけばいいと思っています」

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・・・・これはぜひお聞きしなくてはならないことなんですが・・・株式会社アイシーエー・アソシエイツは、今回のサルシカのツリーハウスづくりにおいて、資金的にも人的にも協力、協賛してくれました。
これはどういった理由からですか?

佐々木「私たちの仕事は建築設計です。それは山にあった木を切って家をつくるわけで、少なからず自然破壊をしていることになります。
日本、いや地球の環境を守っていかなくてはいけないことは当たり前のことですし、私自身も何に取り組んでいかなくてはと思っていました。
特に三重のヒノキ、スギはとても品質がよく、私どもがたずさわる住宅では、よく三重の木を使わせてもらうんですね。
だから、特に三重県の山には恩返しできることはないかと思っていて、そんなときサルシカのツリーハウス企画を聞いて『これだ!』と(笑)」

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佐々木「今回のツリーハウスの計画は、お金だけではできない素晴らしいものです。それに参加できるチャンスをもらえてありがたいです」

・・・・ツリーハウスがどのように使われていけばと思っていますか?

佐々木「とにかく子供たちに遊んでもらいたい。子供たちにもっともっと山に入ってもらいたいですね。正直、いまほとんどの山は手入れもされず死んでいます。特に三重の山はひどい。そんな現状を知ってもらうことも大切ですけれど、山に入って遊んでその楽しさをしってもらい、その楽しいフィールドだからこそ守っていきたい・・・という気持ちにつながればと思っています」





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・・・・最後にふるさと三重県での展開についてお聞かせください。

佐々木「いま三重県からの依頼、問合せが非常に多くなってきています。それで改めて自分のふるさとをしっかり見てみたところ、こんなに建築というか住宅を建てるにおいて恵まれた環境の場所は少ないんですね。
広さ、光、風、そして地域環境・・・どれをとっても素晴らしい!他のエリアではなかなかない環境なんです。その三重でもっともっと家をつくっていきたいと思っています」

・・・・今日はありがとね、サッサン!

佐々木「はいよ、お疲れ!」


というわけで1時間少しにおよぶインタビューを終えた。
彼の事務所はかっこいいし、乗ってる車もかっこいい。
そして何より生きかたがかっこいい。

そんな佐々木さんに興味を持った方は、ぜひこちらにアクセスを!
株式会社アイシーエー・アソシエイツ