第90回「隊長、雨の奥津で時代を見る」

投稿日: 2014年08月29日(金)15:39

提供:ゲンキ3ネット

第90回『サルシカ隊長レポート』2014年8月

サルシカ隊の隊長オクダと写真師マツバラのコンビは、今回津市白山から美杉町へ、名松線に沿って旅をすることに。
今回もいつもと同じく計画性ゼロ、確たるテーマも目的もない珍道中(笑)

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サルシカ隊長レポート美杉編の3回目、最終話にてようやく目的地の奥津(おきつ)に到着した。

奥津は名松線の終着駅である。
昔、奈良からの伊勢参りのメインルートであった伊勢本街道。
そのひとつの宿場町が奥津である。

賑わった名残がある地域とはいえ、特に大きな観光地があったわけではなく、工場などの産業施設があったわけではない奥津がなぜ終着駅であったのか。

それは前回も書いたが、名松線はもともと松阪と名張をつなぐ計画であったのだ。
だからこそ名松線と名付けられた。
しかし名張へとつながる路線は近鉄に先をこされ、名松線は奥津より先の建設がされることはなかった。
で、この奥津が終点となったのだ。

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構内には、蒸気機関車時代の給水塔がいまなお残る。
2009年の台風18号の被害により、いまこの終着駅に列車が入ってくることはない。
現在復旧工事中で2016年は全線開通予定である。

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開通を待つ駅前に車を駐め、伊勢本街道を歩く。
営業している店はほとんどなく、空き家になってしまっている家も多い。
正直活気があるという雰囲気ではない。
しかし、軒先にそれぞれの屋号が入った暖簾と行灯を出された家並みは、なんともいえない良い雰囲気を醸し出している。
この暖簾と行灯は、地域活性化のため地元の人たちの考案であるという。

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最近、この伊勢本街道では、ノルディックウォーキングやコスプレイヤーによるパレード(笑)など、さまざまな催しが行われている。
名松線の開通に向けて、なんとか人を呼ぼう、盛り上げようとしているのだ。
まあ賑やかになるのもいいが、こうして静かな街道も悪くない。
今のうちに静かな町並みを楽しんでおこう(笑)。

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そろそろ撮影を終えようかと思っていた頃、のんびり歩くお父さんの姿が目に止まった(上の写真ね)
で、このお父さんはあるところでクルリと振り返り、ワタクシたちに向かって「おいでおいで」をするのだ。

この様子をみて、急にあたりがセピア色になったような気がした。
まるで絵の具で描かれた昔話の中に迷い込んだようなそんな感じ。

「どうしよう?」と写真師を見ると、手で「行け行け」と言う。
もうワタクシはまるで「シッシッ」とあしらわれている犬状態である(笑)。

こうした出会いも旅の魅力・・・と思いつつ、ワタクシはお父さんのところへと急いだ。
お父さんはワタクシがくるのを確認すると、駐車場らしきところに入っていく。
下の方から川の音が聞こえた。
雲出川の上流の渓谷である。
お父さんはその渓谷を見下ろし、指さしてニコニコと笑った。

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「なんかあるんですか?」とワタクシが聞くと、
「丸いの、ほれ」とお父さん。

「ああ、丸いのありますね、あれがなにか?」

お父さんはかなり耳が遠く、やりとりが大変だった。
駅・・・汽車・・・水・・・給水塔・・・パイプ・・・あの丸いのから・・・。
そんなお父さんの言葉のつながりからあっとなった。

「奥津駅の給水塔の水はここから汲んでいたんですね! で、あの丸いのがポンプでパイプで駅まで水を送っていた!!」

お父さんは笑いながら何度も何度もうなずいた。
おおおおおおお!!
たぶん鉄道ファンの人たちにとっては大した情報ではないかも知れないが、ワタクシと写真師には重大な発見であった。
写真師はシャッターを切り続ける。

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さて、今度こそ帰ろうと思ったら、いきなり雨が降ってきた。
雷もごろごろなりはじめ、あっという間に土砂降りになる。

手招きするお父さんに従い、軒下に入った。
お父さんは家の中に入っていく。
どうやらお父さんの家らしい。

ワタクシたちが軒下で立っていると、お父さんは「濡れるで入り」と中へ招いてくれた。

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お父さんの家は驚くほど広かった。
街道に面した母屋は立派でその奥に広い庭があり、庭の向こうに離れがいくつかあった。
まえはこの離れに薬売りが住んでいた・・・などなどお父さんはいろいろ話してくれたが、土砂降りの雨も手伝って、申し訳ないけどそのほとんどが聞き取れなかった。

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雨宿りさせていただいたお宅なのに、あまりに村の記憶が充満している様子に写真師はもうガルルルルル状態。
ワタクシを無視して土間の苔やら屋根の雨飛沫などを撮りまくる。

「隊長! これみて! まるで黒澤明の『羅生門』みたいでしょ!! か〜、かっちょいい〜!!」

もうすっかり自分の世界に入っている。
こうなったらもう誰にも彼を止められない。
雨も止みそうにないので、そのまましばらく放置することにした(笑)。

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雨はなかなか収まらなかった。
お父さんは傘を2本どこからか持ってきて、「返さんでええから」とワタクシたちに差し出した。
で、自分は傘をささずに庭へ出て母屋へ向かう。
ワタクシは慌てて傘をさしてお父さんを追った(笑)。

そしてちょっと壊れた傘を遠慮なくいただいてお父さんの家を辞去した・・・。

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傘は穴が空いているのか、笑えるほどワタクシの背中を濡らした。
急いで車に戻り、びしょ濡れのまま奥津をあとにした。

雨のせいか、海の底の幻の町から離れるような、そんな気がした。
エアコンの風が冷たい。
さて、どこかで温泉に入って帰ろうか。


写真/松原 豊