第21回「隊長、1日1組限定の山里の宿に泊まる」

投稿日: 2011年12月02日(金)23:18

提供:ゲンキ3ネット

第21回「サルシカ隊長レポート」2011年12月

熊野応援シリーズ第3弾!
東南に一ノ水峠、長尾山、札立峠、妙見山を控えた熊野市赤倉の山の中に、まるで天空に浮かんでいるかのような宿があった!
山里民泊あかくら。
日常の慌ただしさなどすっかり忘れて、ゆっくりとした時の中で、あまごを食べ、酒を飲むのだ!

「これは冗談だろう・・・」と思った。
熊野市街での取材を終え、次の取材地であり、宿泊先へと向かっていた。
同行のカメラマンである写真師マツバラはハンドルを握りつつも、道の案内標識とカーナビを何度も見比べながら、
「あーれぇ、本当にこっちやったかなぁ」
などと不安なことを言うのだ。

カーナビを見ると、オレンジの経路がまるでのたうち回るヘビ状態。
本当に冗談としか思えなかった。
しかも道路には「この先通行止」「注意」なんていう看板が頻繁に出てくるのである。

目指しているのは、熊野市育生町の赤倉というところ。
すさまじく山の中にあり、普段でも行くのがなかなか大変なのだが、台風12号の被害で通行不可の道があり、熊野市街からだとかなり大回りして行かなければならなかった(2011年11月現在)。

進めば進むほど道は細くなり、道の両脇から山がせり上がってくる。
木々が道を覆い、ヘッドライトを点ける。
やっと木を抜けたと思ったら、今度は濃霧の中であった。
いや、これはきっと雲の中だ。

熊野市街を出て1時間半。
ようやく雲を抜けて、天空の集落にたどり着いた。
気圧の変化のせいで耳がおかしくなり、声や音が遠くに聞こえる。
まるで夢の中にいるような感じだった。
霧が流れて深い緑の山肌に4、5軒が寄り添っているのが見えた。



山里民泊あかくらとあまごを使った創作料理のあまご屋。
一日一組限定の宿であり食事処だ。



社長の中平孝之さん(写真右)と大阪からIターンでやってきた料理スタッフ。



目の前の雲が消え、急に視界が広がった。
縁側からこの眺めが望める。
人工物がまったく目に入らない。
ずっと山が続いている。

「いや、実は昔はすぐ前の山にも家が何軒かあって、あっちにもいくつかの家が山肌にひっついとった。このまわりにも何軒も家があったしなあ・・・」

中平さんは遠くの山を眺めつつ言った。

「それが1軒消え・・・2軒消え・・・いつの間にかおじ夫婦2人と一人暮らしのばあちゃんしかおらんようになった・・・ここ(山里民泊あかくら)もお客さんが来んだら誰もおらんでの・・・」

中平さんは宿のすぐ下にある、あまごの養殖所で働いているが、住まいはもっと町に降りた方にある。



中平さんはここで生まれ育った。

「とても信じてもらえんやろうが・・・」と前置きして中平さんは言った。

「ワシが小学生のときは、ここには電話も電気も来てなかった。車が通れる道もなかった。
少し歩いたところに小学校の分校があったんやけど、先生は町から歩いてやってきた。
とても通えんからこっちに下宿みたいにしてさ。
でも他に変わってくれる人がおらんかったやろうねぇ、ワシを受け持ってくれた先生は結局20年ぐらいこの村におったもんなあ」

どこで笑っていいのかわからん話である。
いったいいつ頃の話かと中平さんの歳を聞いて計算してみたら、昭和30年代の話だった。
隊長であるワタクシが生まれる少し前のことだ。



いまは宿になっているこの家は、10年ほど前まで中平さんのお母さんがひとりで暮らしていた。
さすがに一人で暮らすのが無理になって施設に入ると、家がすぐに傷みはじめた。
消えつつある集落からこの家を無くしてはいけないと中平さんは思った。
赤倉をもっと知ってもらい、赤倉にたくさんの人が来てもらえる・・・そんな利用方法がないかと考え、行き着いたのが山里民泊だったのだ。


山の日暮れは早い。
大阪のお母ちゃんが料理をつくりはじめた。
つまみに、と出されたあまごのカラスミを外に持ちだして、ちょいと日本酒を一杯。
うーむ、夜空が見えんのが残念だ。
霧のような雨も降っていて寒いぞ(笑)。

ここは正真正銘の薪風呂である。
入りたければ自分の風呂をわかさなければならぬ。
さすがに薪は割ってあるので、それを放り込んで、灯油の全自動着火でゴーッとやったらすぐ燃える。

楽しいのであるが、何かフに落ちない。
写真師マツバラはアレをしろコレをしろと指示をどんどん出して写真をパシャパシャ。
働いているのはワタクシばかりなのだ。

「それは仕方ありませんよ、役割なんですから~」

写真師は笑う。
憎い。



民泊といえど、さすがに料理はお母ちゃんがつくってくれる。
それではワタクシたちが食事を終えるまで帰れないのかと心配したら、

「料理を出し終えたら適当に帰らせてもらうんで、あとはごゆっくりどうぞ。冷蔵庫にビールやお酒が入ってるんでご自由にどうぞ」

おおお、飲み放題なのか、と思ったら、翌日精算だという。
当たり前だ(笑)。

しかし、ということはだな・・・。
つまり今晩はここで写真師マツバラとワタクシは二人っきりということなのではないか。
おいおい、そーいうことではないか!!
と、なにげに慌ててマツバラを見たら、なぜか彼はファインダーから目をあげてウフンと笑うのであった・・・・。



バカなことを話している間にも、あまごの塩焼きがええ匂いを。
た、たまらん!!
が、写真師マツバラは「撮影が先! まだ食べちゃダメ!」という。
あああ、そんなこと言ってる間に焦げちゃうって・・・。
ワタクシは激しく焦り、ソワソワしまくる(笑)。



あまごの刺身。
ああたまらんと箸を差し出すと、「こら待て!」と写真師はワタクシの手を打つのである。
しかも「待て!伏せ!」などと言うのである(涙)。



出ました~、猪鍋~!!
猪は中平さんが撃ってきたもの。
それを1日前から煮込み、テーブルに出す直前に野菜や豆腐を放り込んで煮立てる。
これが一番おいしい食べ方らしい。

「じゃ、食べて。食べてるとこ撮るから」

写真師マツバラは急に不機嫌な声になって言う。
おおおおお、きたぞきたぞぉ!!
ついにこの時がきたあ!!



「それじゃあ、悪いね、お先に。これも役割だから!!」
ムホホと笑いつつ、ワタクシはビールをグビ。
は~、幸せ。
そしてあちあちの塩焼きあまごを手づかみでほおばる。
「う、う、うまい~!!」

写真師マツバラは無言のままシャッターを切る。
眉間にシワが寄っている。
そしてファインダーをのぞいたまま、
「撮影用なんだから、そんな全部食べなくていいんだからね」とポソリ。
「ビールだってそんなに飲まなくっていいのに」と、ブツブツ。



そしてほとんどの撮影が終了!!
写真師はカメラを片づけるのもそこそこにテーブルにかじりつく。
ビールを飲む。
食う!



ほんでもってそれから2時間後・・・。
テーブルに並んでいるビールの本数を見よ。
実はこれ以外にも、お母さんが帰る前に片付けていった分もある。
ちなみにワタクシたちは冷蔵庫にあったビールをすべて飲み干したのであった。



写真師とふたりで宿泊する部屋へと。
ロフトがふたつもある不思議なつくり。
ひとつのロフトに写真師、もうひとつにワタクシ。
快適な距離と空間を得て(笑)眠ることが出来た。

話は翌朝へと続くのであるが、
どうやら容量オーバーのようである。
もともとの計画とは違うが、後篇へと続くのだ(笑)。